◇“同胞”の再就職支援--失業したブラジル人向け日本語訓練講師・長尾知典さん(51)=甲賀市

 リーマン・ショックによる景気の悪化で県内に多い南米系外国人労働者も多くが仕事を失ったが、日本語が不自由なため、いまだに再就職がままならない人も多い。自身も派遣切りに遭い、「言葉や仕事のマナーが分からなければ、また真っ先に首を切られる。少しでも長く働ける手伝いがしたい」とブラジル人向け講師として教壇に立つ長尾知典さん(51)に現状を聞いた。【稲生陽】

 ◇派遣切りの痛み、知るからこそ

 --長尾さんは何を教えているのですか?

 私は派遣会社が始めた外国人向けの「基金訓練」の講師として、日本語の基本的な読み書きやあいさつの仕方などを教えています。生徒らは日本語学習のほかに、11月までの訓練期間中、会社が提携する工場で働きながら訓練を受けます。

 基金訓練とは厚生労働省が昨年7月から失業者を対象に始めた職業訓練プログラムで、受講者には毎月10万~12万円の生活費が支給されます。6月に私たちが講義を始めてから4カ月。新しく仕事が見つかって辞めた人もいますが、今後も日本で働いてもらうために色々工夫していますよ。

 --長尾さんはブラジル人なのですか?

 いいえ。私は4歳の時に両親とブラジルのブラガンサ・パウリスタ(サンパウロ州)に移住した日本人です。働きながら専門学校や大学も出て、建築設計技師として電力会社で働いていました。92年には独立も。妻は純粋なブラジル人ですし、自分で設計した自宅も建てました。日本に帰るとは全く思っていませんでした。

 ですが、独立後5~6年ほどで会社は赤字に。別の仕事を探そうとしても、大卒の肩書が邪魔して見つからず、泣く泣く家や車を処分して出稼ぎをすることにしました。「帰国」という印象ではありませんでしたね。

 --今も「出稼ぎ」なのですか?

 いいえ。ブラジル移民の両親は亡くなっていますし、私は今後も日本で暮らそうと思っています。

 正直言って当初は3年ほどでブラジルに「帰国」しようと思っていました。来てすぐに甲賀市内の携帯電話部品工場で働いていたころ、大雪の降る帰り道に座り込んで「情けない。自分は何をしてるんだろう」と涙ぐんだこともありました。工場の労働者向け資料の大半をポルトガル語に翻訳したりと必死に頑張りましたが、結局派遣切りに遭ってしまいました。

 --景気は回復し始めていますが、どんなことを考えながら教えていますか?

 日本人も同じでしょうが、外国人にも「分からないから」と言って最初から学ぼうとしない人もいます。生活保護を受けたまま、何も努力しない人もいます。制度自体は間違っていませんが、死に物狂いで働いている人から見れば納得できませんし、そんな外国人ばかりと思われたくありません。

 外国人にはまず言葉を学んでほしい。言葉や社会のルールが分からないままなら、また不景気になれば真っ先に首を切られる「安い労働力」のままです。両方の祖国を持つ人間として、ブラジルから来た同胞に、きちんと働いてほしいと思っています。

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 ■提言

 ◇失業中にきちんと学んで

 日本語教室だって立派な職業訓練。景気の浮き沈みは仕方ないが、真っ先に首を切られる立場から抜け出すため、失業中の時間を利用してきちんと日本語を学んでほしい。手を差し伸べてくれる人は必ずそばにいる。

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 ■人物略歴

 ◇ながお・とものり

 1959年、愛媛県新居浜市出身。00年にブラジルから帰国し、甲賀市で妻(51)と次男(22)、三男(15)の4人暮らし。派遣切り後の09年4月から、県教委の外国人児童生徒教育支援員を1年間務めた。今年4月から、基金訓練として外国人専門の派遣会社「アバンセコーポレーション」(本社・愛知県)が始めたブラジル人向け職業訓練で講師を務めている。

(2010年9月18日毎日新聞地方版より抜粋)


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